他人を推し量ることは可能か

漫画を読んでいた時、こんなシーンを見つけました

なるほどな、と僕は思ったのですが、なぜ納得したのか、その時言葉に出来なかったので、少し考えてみました。

このシーンで重要なのは、大きく分けて2つだと思います。

  1. 裏の事情には目を向けず、自分が見たものだけでその人を否定してしまった
  2. それを他人に共有した

では、1つ目から見てみましょう。

これはほとんどの人がやっていることだと思います。

例えば、僕はご飯を残す人が嫌いでした。

何で他人に作ってもらった料理を残せるのか、感謝の気持ちが無いのか、と。

ですが、それは「ご飯を残した」という場面しか見ていません。

もしかしたら、持病で多くの量を食べられないのかもしれない。急に具合が悪くなってしまったのかもしれない。アレルギー物質が入っていたのかもしれない。予想以上に不味かったのかもしれない。

少し考えるだけで、原因となり得るものは多く思いつきます。

その事情に目を向けず、一面だけを見て人を嫌いになるのは、勝手が過ぎますよね。

もちろん、人を嫌いになることは悪だと言いたい訳ではありません。

僕が伝えたいのは、まだ見えていない一面に、予想外の原因があるかもしれない、ということです。

続いて2つ目、他人への共有について。

正直、どれだけ聖人君子でも、やはり人を嫌いになることはあると思います。

僕にも嫌いな人は山ほどいます。

では、それを他人に共有するのは、どうでしょう。

そもそも、その共有にはどんな思いが込められているのでしょうか。

賛同してほしい、一緒に嫌いになってほしい、その人の悪口を言ってほしい、などでしょうか。

要は、自分の嫌いな人を、陥れたいのです。

自分の心の中で、人を嫌いになるのは自由でしょう。

ですが、それを他人に共有し、賛同を求めてしまった場合、その感情は攻撃になってしまうように思えます。

他人を裏で攻撃するというのは、とても醜い行為です。

更には、1つ目で言ったように、全く見えていないところに原因があったらどうでしょうか。

もうそれは、暴力と呼んでもいい行為です。

まとめ

いかがでしたでしょうか。

他人を推し量ることは不可能であり、もし他人を推し量っているなら、それを口外するべきではない、というのが僕の結論です。

最後は、割とありきたりな結論になってしまいました。笑

みなさんも、人を自分の物差しで推し量ろうとした際、一度深呼吸をして、考え直してみてはいかがでしょうか。

ちなみに、僕の好きな漫画について書いた記事があるので、良かったら見てください!

その記事はこちら