マスクの話

今日の記事の題名は、とてもシンプル。マスクの話。

アメリカは、新型コロナでかなりの感染者、死者を出していますよね。

そんなアメリカでは、マスクをしない人が多いらしいです。

一体どういうことでしょうか。見ていきましょう。

マスクをしない人の主張には、個人の人権を侵害している、というものがあるのだそう。

まあ確かに、マスクをするか否かは、自由ですが、事態はそんな単純な話ではありません。

自分1人で生活しているなら分かりますが、それは不可能です。生活していく上で、他人と関わるのは必至ですから。

みなさんは、「社会的フェンス」という言葉をご存知ですか?

社会的フェンスとは、コストを払うことにより、理想の状態が保たれるシステムのことを言います。

ボランティアの例が一番分かりやすいでしょう。

ボランティアを行なっている人たちは、コスト(体力)を払って、理想の状態(綺麗な街)を維持しようと努力しています。

全ての人がボランティアを行うのが一番ですが、そうはいきません。そのコストを嫌がる人は一定数存在します。

このシステムは、コストを払っていない人も、払っている人も、得られるものが同じ、というジレンマがあるのです。これが厄介。

自分がボランティアを行わなくても、誰かがやってくれればいいという人がいるのです。

しかし、全員がその考え方だと、システムが崩壊してしまいます。

マスクをするのも一緒で、蒸れたり邪魔だったりと、コストがかかります。

マスクをつける人が増えれば、感染者数を減らす事が出来、理想の状態に近づくでしょう。

ですが、自分くらいしなくても平気だろう、と考える人も一定数現れています。

その人たちにとっては、マスクをつけることに対する身体的、精神的コストが、メリットを超えていると考えているため、マスクを付けないのだと考えられます。(何も考えていないだけかもしれませんが)

メリットは、見えない部分にこそたくさんありますが、見えるコストの方が大きく感じてしまうのが人間なのでしょう。

別に僕は、マスクをつけない人は、問答無用で悪だ、と言いたい訳ではありません。

ただ、特に理由もなく、単純にマスクをするのが嫌だ、としか考えていないのならば、それはあまりに物事を俯瞰して見る能力が欠けていると思います。

自由を主張するのは大事ですが、責任が伴うことは意識しなければなりません。

少なくとも僕は、マスクを付けるのも付けないのも自由だ、と言う人に対しては、説明が足りなすぎると感じました。

何となく嫌だ、と言うのではなく、自分なりに考え、理由をしっかりと言語化する人が増えてくれることを願います。